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昭和58年〜61年 |

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■多くの方々のご支援で
昭和58年、千葉市議会選挙に初当選。この初当選は、皆さまのお力添えがあったからこそのものでした。それだけに感激もひとしおでしたが、喜んでばかりはいられませんでした。市民が安心して暮らせる政策を考えつつ、これから負うべき責任の重大さを感じていました。
・文教委員会副委員長 |
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昭和62年〜平成2年 |
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■サイクリングロードの再生
2期目は市議会総務として、全国12番目の制令指定都市準備という大任をまかされていた頃。その当時、花見川サイクリングロードは夏草の生い茂る危険区域でした。私はここに季節の花々を植えることを提案。多くの有志の方々が賛同してくださり、現在では菜の花などが咲く市民の憩いの場へと生まれ変わりました。
・総務委員会委員長
・予算審査特別委員会委員長
・議会運営委員会委員長 |
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平成3年〜6年 |
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■都市部と郊外の格差是正を
この時期は、千葉市が先進都市へと大きく成長した頃でした。一方、郊外では下水設備の遅れや交通網の未整備など、都市部との格差が生まれていました。そこで、市街地へのアクセスをスムーズにする弁天橋建設など、交通網の整備を最重要課題に取り組んでまいりました。 |
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平成7年〜10年 |
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■多くの方々とのふれあい
季節の花が咲き、道行く人の目を楽しませてくれる花見川サイクリングロード。この植花活動をしている「市洋会」のメンバーとして花見川の「花いっぱい運動」に積極的に参加しています。たくさんの市民の方々とふれあい、笑顔で暮55らせる地域社会づくりに懸命に取り組んでまいりました。
・第55代千葉市議会議長 |
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平成11年〜14年 |
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■アイルランドのキャンプ地に
サッカーワールドカップが日本で開催された2002年。アイルランドチームのキャンプ地として千葉市が選定され、これを機にダブリン市との交流が始まりました。私自身もダブリン市長と懇談するなど、より一層の国際交流を果たし、千葉市は新しい21世紀の扉を開くことができました。
・千葉市農業委員会委員
・第62代千葉市議会議長 |
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平成15年〜18年 |
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■市民の憩いの場と快適な交通網の整備
市民交流の拠点となるよう整備されてきた「花島公園センター」が、平成17年4月に開館。「水と緑とコミュニティのふれあい」をテーマとする花島公園のシンボルとして、幅広い方々にご利用いただいています。また、幕張・武石方面から区役所等への利便性の向上を目的として、「瑞穂橋」の建設を行なってまいります。 |
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